峠へ行こう 〜その2〜
旅行3日目の朝は7時にパッチリ目が覚めました。
さあ,今日はいよいよ待ちに待ったいろは坂を走る日。
もう,着替えてても朝飯を食ってても気持ちがワクワクして落ち着きません。意味もなくスマホで行き道を確認したり,るるぶ栃木をパラパラめくってみたり。お,落ち着けオッサン(笑)。
宿を出てまずは日光東照宮を目指します。
やはりお盆だからでしょうね,駐車場は朝9時半だというのにもう結構混雑してます。ただ,山を下りて駐車場を出る時には周辺道路一帯がとんでもない大渋滞になってましたから,まだスムースに観光できた方だったんでしょう。
日光東照宮は山の中に建っているので,他の参拝客の人たちと一緒にぞろぞろ山を登って行きます。ただ山の中とはいえ,高野山とか比叡山とか鞍馬寺ほどではなく「ほどほど」の上りで,暑いから汗は出ますが息が切れるほどではないのがナイス。ここでもミンミンゼミの声が響き渡っています。関西ではクマゼミが主流ですからこれだけでも風流な気分がしますな。
有名な「三猿(見ざる聞かざる言わざる)」を前に解説を読んで「へぇ」を連発しながら,走りスポットって猿に縁が深いところが多いよなとか思ったり...山だから当たり前か。
※お猿の木彫りが8面あり,全体でお猿の一生を表しています。有名なコレは2面目。知らんかった。
まあそれにしてもすごい人の数。随所で人の列ができてしまってます。
汗をかきかき山を登って奥社までたどり着きます。ここが家康公の墓所です。
東照宮を降りてきたらもうお昼前。周辺道路のものすごい渋滞を後に,湯葉料理で有名なお店で湯葉御膳をいただきます。おとーさん,湯葉が大好きなのでウハウハです。
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さあお昼を済ませて,やっとこの旅のメインイベント,いろは坂にたどり着きました。
ここに来たかった。とにかく一度走って見たかった。
某マンガの主人公がここで何かを吹っ切ったように...ってわけでもないけど,おとーさんもここを走れば何かが見えてくると思った。
やっとここにたどり着いたよ。
いろは坂はご存じ上りと下りで別ルートに分かれており,一つ一つのコーナーにいろは48文字が冠せられているように上り下り合計48個のコーナーで構成される(厳密にはきっちり48個ってわけでもないだろうけど)。
上りと下りの分岐点を過ぎると道は上り専用の一方通行となり,大きく左へ転回してずんずん上って行く。
ところどころにヘアピンが出てくるけど最初のうちコーナーは比較的ゆるやか。道幅はギリギリ2車線をキープしており,遅い車をパスすることもできる。路面はやや荒れてるところもあるけどわりにフラットでよく整備されている。
坂を上って行くとさすがに途中から道は九十九折になってくるけど,それでもコーナーのRは少しでも大きくなるように,コーナーの中での勾配を抑えるように造られており,とんでもない山道なのに走りやすい! コーナーだらけでも「いじわるな」コーナーがないので実に楽しく走れる。上りでこんなに楽しい峠ってちょっと記憶にないなあ。
いろは坂の2本の道路は,今は下り専用になっている「第1いろは坂」の方が大正時代に昔の街道を整備して造られ,交通量の増大などから昭和30年代にこの「第2いろは坂」が開発されて上り下りが分離されたとのこと。やはりこちらの上りの方が設計が新しい分,走る人のことを考えて,走りやすく造られているってことか。
周囲のクルマをびっくりさせない程度のペースに抑えながらも320iツーリングはぐいぐい坂を上って行きます。パワーはそれほどないけどFRという駆動方式も道に合っているのか。
ステアを切り,左足でブレーキを残し気味にコーナー入って行って(おとーさんはAT車では左足ブレーキ常用),クルマの脱出方向が定まったところでクロスフェード的に右足のスロットルを踏み込んで行ってぐいぐいっと立ち上がる。ごくごく常識的なスピードで(ホントか)基本的な操作をしているだけなのに楽しい!! あーオレ今,クルマ運転してます!っていうカンジ。
ジムカーナで走っていて,へぼドライバーのおとーさんでも年に1-2回ぐらい「乗れてる」っていうカンジの時がある。人車一体の境地というか,今オレ思った通りにクルマを動かせてる,クルマの動きが手に取るように判ってる,っていう瞬間。全日本で勝った時にはまさにそういうゾーン的な状態になってた。それがいつもであればシリーズでも常勝できるんだろうけど,残念ながらごくたまにしかない状態。
思えば今年は地区戦を走っててもほとんどそういう瞬間がなかったなあ。それに近いことはあったけど,結局クルマの動きをつかみきれてなかった。
それがね,今。
今,いろは坂を上ってる今。
助手席の嫁様としゃべりながら。子供と一緒にコーナーのいろはを数えながら。別にそんなに飛ばしてるわけでもないのに。クルマはフルノーマルのATのワゴン車なのに。
そういう状態になってたんですね。
クルマの動きが,姿勢が,外から俯瞰画像で見てるかのようにハッキリ判る。4輪のそれぞれの接地具合とトラクションのかかり具合が自分の手の平,足の裏みたいに判る。ステアと,右足と,左足の操作で思うようにこのでかいワゴン車を動かせてる。楽しい! めっちゃ楽しい!
不思議な感覚でした。これまではそういうゾーン的な状態って,いろいろな好条件が重なった上に競技のコース上で,あるいは夜の峠で,集中して集中してギリギリまで攻め切って初めて現れるモンだと思ってた。それがこんな昼間の峠を家族を乗せて流してる時に普通に「来る」とは...
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明智平はクルマでいっぱい。そのまま通り過ぎてトンネルを越え,中禅寺湖に上がってしまいます。
お天気はイマイチ。空には低く雲が垂れ込めており男体山も雲に隠れてしまってます。湖面は薄暗くちょっと神秘的な感じで,謎の巨大生物でも潜んでそうな雰囲気。
駐車場にクルマを停め家族と湖畔をぶらぶら歩きながらもさっきの続きを考えます。
やっぱりクルマは運転が楽しくってナンボよなあ。しかし,別に目を三角に吊り上げて唇噛み締めてシャカリキにならなくっても,普通に運転しててあれだけ楽しいことってあるんだなあ。オレはいったいこの1年何をやってたんだろう...
曇り空の下の湖面は暗く重たい感じですが,中を覗き込むとビックリするぐらい透明でキレイな水。小さい子魚の群れが涼しげにヒラヒラ泳いでます。
ふと頭に違和感を感じて手をやると赤とんぼが。
横の茂みがガサガサいったかと思うと,出た! いろは坂の猿!
※赤とんぼがいっぱい飛んでます。人の肩や頭にも平気でとまります。
自然は,のんきなもんだ。楽しそうだ。
いや,違う。
自然は別に楽しんでるわけじゃない。自分が苦しんでるだけだ。
だってさっきまであんなに楽しかったのに,競技のことを思い出しただけでこんなに胸が塞いでくる。自分が苦しんでるから周囲が楽しそうに見えるだけだ。
こんなに苦しんでまで競技をやるのはバカげてる。せっかくあんなに楽しいはずのクルマの運転という行為を台無しにしてる。おかしい。絶対におかしい。間違ってる。
ジムカーナはモータースポーツ。
スポーツには勝ち負けがある。
勝てるのは1人だけ。負けたら楽しくない。
でも今の自分はどうやっても勝てない。
それでも楽しく走りたい。
どうやったら勝てなくっても楽しく走れるんだろう。
この半年ぐらい頭の中でずっと回ってるメビウスの輪。どうしても抜け出せない迷路。
考えろ。猿じゃないんだから頭使おう。
...その時ふと気づいた。
自分はまだ「勝てる」と思ってる。
心のどこかで「がんばれば勝てるはず」と思ってる。
だから,勝てないのは「努力が足りない」「根性が足りない」からだと思ってる。
自分に対して「勝てないことは悪いこと」だと,「勝てない奴はダメな奴」だと思ってる。
これだ。
自分を苦しくしているものはこれだ。
誰もいないボート乗り場の桟橋から湖面を覗き込むと,白髪頭のオッサンがくたびれた顔してゆらゆらこっちを見上げてる。
オッサン,お疲れさま。
別にオッサン,アンタが悪いわけじゃない。アンタはたぶんよくがんばってる。
クルマの運転はやっぱ楽しいだろ。さっき楽しかっただろ。
大事なことはそれだ。
残念ながらアンタはもう勝てない。別にそんなに運転技術や能力が劣ってるわけじゃないけど,練習時間が少な過ぎる。周りがみんな前日練習で熱心に走り込んでる時に朝から晩まで仕事してて,ホントご苦労さんだけど,それじゃ勝てない。当たり前。しかも歳が行って少しずつ動体視力や反応速度も落ちて来てる。体力にも余裕がなくなってきてる。でも仕事忙しいし身体鍛えてるヒマなんてないでしょ。勝てないのは不可抗力なんだよ。
アンタはもう勝てない。これが事実。
でもね。
いいんだよ。もう勝たなくっても。
これからは楽しもうぜ。肩の荷はここに下していけ。
勝てないアンタが悪いわけじゃない。
いいんだよ,もう勝たなくっても。別に勝てなくっても,走ってていいんだよ。オレが許してやる。オッサン,アンタよくがんばったよ。ご苦労さん...
...湖面にポトリ,涙が落ちたような気がしました。
ふと顔を上げると雲間からわずかに陽が差してます。空も,湖面も,少し明るくなりました。
さあ帰ろう。いろは坂を下って,帰ろう。
嫁様や子供たちははるか向こうに歩いて行ってます。
お〜い! 待ってくれえ〜!
湖畔の石につまづきながら小走りに駆けるオッサン,肩の荷が下りたのか,さっきよりちょっと背筋が伸びたような。
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華厳の滝はさすがに立派なものですが,おとーさん一家はナイアガラの滝のすぐ近くに1年半も住んでたことがあるのでちょっとやそっとの滝じゃ誰も感動しません。ふーん,みたいな。可愛くないなお前ら。
さあ,そしていよいよいろは坂の下り。
最初はもちろん自分で運転するつもりだったんですが,この時不意に「嫁様に運転させてやろう」と思ったんですよ。嫁様も「運転するする」と乗り気。
よーし,行け! キミが運転してくれ。オッサンはもういいよ。上りで十分楽しんだから。
いろは坂の下りはもう,絵に描いたような九十九折。マンガやゲームで見た通りのヘアピンの連続。しかもコーナーの中でも結構勾配があるので,うっかりリアを出すととことん流れてしまいそうな状態。路面もだいぶ荒れてるし,やはり上りと比べると古い道路であることがよく分かる。
※コーナはこんな感じ。コーナー内にも結構な勾配があります。ジャンプできるかな?
※有名なトンネル。ここにフルスロットルで2台並んで入るのは結構怖いな。
※これも有名な橋。工事中でした。マンガではこの手前の継ぎ目の鉄板には触れてませんでしたね。
最初は喜んで運転してた嫁様も「え〜まだ続くの?」というほどうんざりするほどの九十九折。すぐに前のクルマにつかえてしまって,1.5車線の道路では無理に追い越しをかけるわけにもいかず,右に左に揺られながらのんびり坂を下りて行きます。
いろは坂を音楽に例えると...ヘビーなリフが続くハードロック系でしょうね,やっぱり。ただこんな風にゆっくりゆっくり下りるとロッカバラードという感じですが。
鬼怒川の宿まで帰ってくると気分はスッキリしてました。
やっと自分の中で「決着」がついた感じ。戦いは終わった。
いいんだよ,もう勝たなくても。
別に勝てなくっても悪いことはないんだよ。
勝てない自分を許してやろうぜ。
大浴場に息子と並んで浸かりながらもう一度自分の中で繰り返します。
温泉から出てくると,ちょうど鬼怒川の花火が上がってました。漆黒の空に赤白黄色の花が開き,散っていきます。おとーさんの野心も燃え尽き,散っていきました。楽しもう。これからはもっと走りを楽しもう。
その後は家族4人で卓球で大盛り上がりをしたり,ゲーセンで騒いだり,夏の旅の最後の夜が更けていきます。
下りは嫁様に譲ったけど,いろは坂の上りは感動的に楽しかった。久々に「乗れてる」感じを味わえた。そして中禅寺湖はおとーさんの馬鹿げた悔し涙を無言のうちに受け止め,滝に流してくれた。日光へ来て,良かった。本当に良かった。
ありがとう。何に対してか分からないけど,ありがとう...
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さあ,旅の最後の朝。
今日は700km近くの道のりを一気に走って大阪に帰ります。
ホテルのバイキングでしっかり朝食を摂ってチェックアウト。高速に乗って一路,西へ。
日光道,北関東道,上信越道,長野道,中央道...高速を乗り継いでひたすら走ります。お昼過ぎにはもう中央道を走ってましたのでかなり順調。
しかし中央道に入ってからの情報で,お盆のUターンラッシュに加えて,この日の未明に近畿で記録的な豪雨が降って高速が途中で止まってるとの情報。名神に入らず伊勢湾岸に出て名阪で帰ることにします。
岐阜で中央道から外れ伊勢湾岸道を目指します。みな混んでるのが分かってても名神を選択するらしくこっちはガラガラです。東名阪を通っていつも走り慣れた西名阪に入ります。
西名阪といえば...この道を何度泣きながら帰ったでしょう。
特に今年に入ってからここを走る時は辛い思いを抱えてることが多かった。
でも今日は違う。
苦しい涙はいろは坂に置いてきた。中禅寺湖に流してきた。
こうやって何100kmも走ってても,やっぱりクルマの運転は楽しい。楽しい。
鈴鹿がどうした。Cコースがどうした。自分は自分だ。勝てなくったっていいじゃないか。楽しければいいのだ。
スッキリした気分でクルージングを楽しむうちにもう大阪に到着。まだ明るいうちに帰ってこれました。
...往復で1400kmほど。3泊4日,北関東峠めぐりの旅。
とっても濃い,有意義な旅でした。
やっぱり峠はいろいろなことを教え,考えさせてくれます。
峠はいつもそこにあります。クルマはガレージにあります。行こうと思えばいつでもクルマで峠を走ることはできます。そしてどんな走り方をするかは乗る人次第。
ジムカーナもそう。公式戦は毎月やってますし,練習会もそこここでやってます。行こうと思えばいつでも行ける。そしてどんな走り方をするかはドライバーの自由。そう自由。
スポーツだからって勝たなければならない,なんてことはない。
勝てないことは悪いこと,なんてこともない。
勝てない奴はダメな奴,なんてこともない。
どんなに努力したって勝てないことはある。
勝てない自分を許してやろう。
ジムカーナのコースは未知の峠みたいなもんだ。
せっかくの出会いを楽しもう。走りを楽しもう。
8月の地区戦は見送ったけど,さあ次の地区戦の申込書を書こう。
楽しもう。今度こそ楽しもう。