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真夏の夜の物語 2013 〜その2〜


更新をサボってるうちに,異常な暑さもちょっと峠を越えた感じですかね。

それにしても昔の8月というと30℃超えたら「暑いねえ」っていう感じでしたが,最近はもう35℃超えは当然,40℃も珍しくなくなってきました。熱帯のスコールを思わせる局地的な激しい豪雨なんてのもこういう気候の変化から来てるんでしょうね。

うちの子供らがオッサン,オバハンになる頃にはこれが50℃超えとかになってるんでしょうか。50年に一度の大雨とか言ってるのが1年に50回ぐらい来るようになるんでしょうか。そうなるともう地球なんて住んでられなくなると思いますが...恐ろしい話です。


恐ろしい話と言えば...さあ,前回の続き,行きましょか。

今回はおとーさん自身の体験ではなく,数年間にわたり一緒にバンドをやっていた先輩の体験談です。当時しばしば行動を共にしていた人ですし,現場はおとーさんもよく知っている場所。ご本人のキャラから言っても極めて信憑性の高い話だと思ってます。


・・・・・・

これまたおとーさんが学生の頃,学園祭前の秋の季節だったと思います。

当時おとーさんは,京都のライブハウスを中心に活動しているプログレ系ハードロックバンドに,ベーシストではなくキーボーディストとして参加していました。メンバーの年齢はみなおとーさんより3つ4つ上の社会人バンドでしたが,おとーさんが大学の軽音に所属していたため,主に軽音の部室で練習していました。

みな社会人ですので仕事が終わってからそれぞれ電車やバス,クルマで練習場所に集まってきます。このお話の主人公であるギタリストのWさんは,職場からシビック(ワンダーシビックだったかな?)に乗ってやってきてました。

当時はまだまだのどかな時代で,大学病院の向かい側の広大な空き地は学生や職員の駐車場としてタダで開放されており,軽音のバンド関係者などもここにクルマを停めさせてもらってました。


この日もWさん,いつも通りに仕事が終わってからシビックに乗って駐車場にやって来ましたが,学園祭前で外部の人が多いせいか夕方だというのに駐車場はいっぱいです。

仕方なく普段は入らない駐車場の奥の方までクルマを進めて行きますが,この日に限ってどこまでもクルマがぎっしり停まっており,なかなか空きスペースがありません。

とうとう広大な駐車場の一番奥まった所まで来てしまいました。そこにはもう何年も放置されてるぼろぼろのクルマが2-3台停まってて,その辺りだけ雑草が人の背丈ほどに茂ってます。そこに1台だけ,1台分だけ空きスペースがありました。

もう練習の開始時間も迫っていたためWさん,放置車両の間の隙間に頭からクルマを突っ込んで,トランクからギターやエフェクターボードをそそくさと取り出し,大学の校舎の方に足早に歩いて行きました。


・・・・・・

練習が終わり,Wさんがギターを背負って駐車場に戻ってきたのはもう夜の22時過ぎ。夕方あれほどいっぱい停まっていたクルマももうすっかり出払っており,広大な駐車場は閑散としています。

整地されていないむき出しの地面には砂利がまいてあり,クルマの轍で大きな凸凹ができています。照明もまばらなためしっかり足元を見てないとつまづいてひっくり返りそう。背中にはギターケース,手には重いエフェクターボードを持って,砂利を踏みしめ踏みしめ,うつむき加減に駐車場の奥の方まで歩いて行きます。


しかしこの駐車場,奥の方には照明がないため,Wさんがクルマを停めた一画は真っ暗に近い状態。駐車場のさらに奥には廃屋になった古い大学の建物があり,その手前に数台の放置車両と延び放題の雑草がひっそり闇に沈み込んでいます。

街のざわめきが遠くからわずかに伝わってきますが,辺りには虫の声もなく不気味なぐらい静まり返ってます。真っ暗と言ってももちろん完全な闇ではありませんが,そこに何台かうずくまるクルマの形をかろうじて見分けられるぐらいの暗がりです。周りの空気も何やらねっとりしたイヤな粘り気をはらんでいます。


一瞬,背筋をぶるっと寒気が駆け上がりますが,なーに,気にするな。

放置車両にはさまれた自分のクルマに歩み寄り,ポケットから鍵を出し,トランク開けてわざとぽーんと跳ね上げ,ギターとエフェクターボードをどさどさっと放り込みます。


さあ,早くこんな場所からクルマを出してしまおう...

トランクを勢い良く閉め,鍵をじゃらじゃら言わせながら運転席のドアを開け,シートの上に身体を滑り込ませます。

ドアをバンと閉めてホッと一息,さあキーを差し込んでエンジンをかけようとしたその時...思わず手が止まってしまいました。



!!!!!!


というのも,運転席のすぐ隣の放置車両...長期間土ぼこりや泥をかぶって汚れに汚れ,元々の車体の色すら分からなくなっているようなクルマ...そのクルマの車内灯が点いていてクルマの室内が薄っすらと明るくなっているように見えるんです。



そ,そんなワケがない。ついさっき駐車されたクルマならともかく,何年も放置された泥だらけのクルマ。バッテリーなんて上がってるに決まってるし,中に人が乗っているはずもない。車内に電気が点いているなんて,絶対にない。

それでもさっきまで真っ暗だったはずの運転席の外,視界の右側がぼんやりと明るいのは事実。それに何やら薄ぼんやりと明るいその車内,後部座席の辺りで何かが動いているような気配を感じる。



!!!!!!



見てはいけない,そっちを見てはいけない。


ふっと反射的に視線を右に向け,すぐ隣の放置車両の方向を見てしまいそうになります。いや,むしろ何かが視線を強く引っ張って,強制的にそちらを向かせようとしているようにも感じます。


それに反して自分の中の何かが自分に厳しく命じます。

そっちを見てはいけない! 絶対に見てはいけない!

何がそう命じるのかは分かりませんが,隣の放置車両で何か見てはいけないような事態が起こっている...そんな感じがして,必死で視界を前方に固定させます。


ただ,早くエンジンをかけて逃げ出せばいいのに,運転席に座ってキーを差し込んだそのままの姿勢で,エンジンをかけることもできず,もちろん運転席から下りて逃げ出すこともできず,身体が固まったように動けません。金縛りにでも遇ったように,キーを握った右手が動きません。


それでも,固まっていたのは時間にして恐らく数秒だったでしょう。どうしても堪えきれずに...というよりも頸が勝手に引っ張られるように右に向いて行き,前方に固定していた視界がそれに伴ってゆっくり右にシフト行きます。

見てはいけない,絶対に見てはいけない,やめて! やめてくれ!...と思いつつ隣の放置車両が徐々に視界に入ってきます。

こちらの運転席から手を伸ばせば届くぐらいの位置に放置車両の後部座席の窓があります。


薄ぼんやりと明るくなった車内をバックに,その窓にへばりつくようにしてこちらを見ていたのは2-3歳の小さな子供でした。

しかし可哀相なことに何かの病気か障害か,その顔一面を赤黒いカサブタが覆っており,頭髪もほとんど抜け落ちてしまっていて,男の子なのか女の子なのかも分かりません。生気のない虚ろな表情はこちらを向いてはいるものの視点も定まりません。


見てはいけない,絶対に見てはいけない,と思いつつも頸が勝手に右に向いて行ってしまい,とうとう数十cmの距離でガラス2枚を隔ててその子と向き合う形になりました。

左右バラバラの方向を向いていたその子の眼球がこちらの視線をゆっくりとらえ,目が合った,と思った瞬間,その子は大きく口を開き,笑っているのか,泣いているのか,叫んでいるのか分からないような顔になりました。


その時,ガラス2枚隔てているはずなのに,すぐ耳元に




ぶぉぉぉぉぐぉぉぉぉぐぉぉぎいぃぃぃぃ...


という,喉から絞り出したような,この世のものとは思えない不気味な声が響きました。




思わず,



ぎゃあああああああああ!!!!!


と,叫んだ途端に身体の硬直が取れました。

右手に握ったままだったキーを何度も何度もひねってセルを鳴かしながらエンジンを叩き起こし,乱暴にギアをバックに入れて車体を後に飛び出させます。

フロントバンパーが放置車両に当たったような気がしましたが,そんなことを気にする余裕もありません。全身をガクガク震わせながらハンドルを切り返してギアをローに叩き込み,猛ダッシュで駐車場を後にします。


走り慣れた街の通りに出て,いつもと変わらない賑やかな灯を目にしても,まだ全身の震えが止まりません。あの子と目があった時の表情の変化や,すぐ耳元に聞こえたあの何とも言えない不気味な声が,まだ自分の目や耳にこびりついていて繰り返しリピートします。




ぶぉぉぉぉぐぉぉぉぉぐぉぉぎいぃぃぃぃ...



家に帰ってもずっとあの声と光景が頭の中で繰り返されます。とうとうその晩は一睡もできず翌日には熱が出て,しばらく仕事も休まざるを得ませんでした。



・・・・・・

おとーさんがその話を聞いたのはしばらく経ってからでした。

滅多に練習を休むことのないWさんが連絡なしに何回か練習を休み,その後また練習には顔を見せるようになったものの絶対にマイカーでは来ず,わざわざ電車とバスを乗り継いで来るようになったため,事故でも起こしたのかと心配しまくったバンドメンバーに彼が躊躇いながらも語ってくれた話がこれです。


もちろん彼のウソかもしれませんし,何かの錯覚,見間違えかもしれません。

ただその一角では昔々学生運動の時代に亡くなった学生がいるという噂もありましたし,そもそも大学病院の駐車場ですからその放置車両にも何らかの経緯があったのかもしれません。昼間でも何だか近寄りたくないような雰囲気の場所でしたし,その話を聞いて以来,おとーさんも絶対その近くにクルマを停めないようになりました。


今はその場所は近代的な建物の図書館になっています。もちろん図書館の建築工事の際に駐車場はきれいに整地され,何台かあった放置車両は処分されたようです。

ただその図書館...特に地下のカルテ庫や書庫では,何度かおとーさん自身,不思議な体験をしています。

そのあたりはまた今度,機会があればお話ししましょう。



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